The Day When She Killed
For The First Time




[---1---]
少女は走っていた。
ばたばたと体に降り注ぐ雨が忌々しい。
ぬかるんだ土。
滑る草木。
張り付く服。
視界を奪う水滴。
全てに嫌悪を覚える。
だけど止まれない。
止まるわけにいかない。


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[---2---]
少女の背後から、複数の音がする。
雨音とは異質な音。
「ガキが」「どこだ」「逃がすか」
男たちは野太い声で喚く。
少女の顔は恐怖に歪む。
もっと早く。
もっと早く。
焦る心は足元への注意を散漫にした。


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[---3---]
濡れた草は少女のバランスを奪う。
派手に転げた先は水溜り。
少女は起き上がる。
雨が泥を打つ。
顔を拭い少女は立ち上がる。
追っ手はすぐ側にいた。


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[---4---]
男は下卑た笑いを浮かべる。
少女は後ずさる。
一歩。一歩。
確実に追い詰められる。
少女は木刀に手を伸ばす。
濡れた柄は滑りやすい。
両手で掴み構える。
男は哂った。


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[---5---]
雨は段々と強くなっていく。
男の手には斧。
木刀を構えた少女を哂う。
男はずかずか間合いを詰める。
斧が振り下ろされる。
少女は斧の柄に木刀を滑り込ませた。
衝撃。
互いの武器は弾き飛ばされる。
少女は胸元に手を当てた。


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[---6---]
男の誤算は3つ。
少女の力量を甘く見ていたこと。
雨で手が滑りやすくなっていたこと。
少女の武器が一つだけだと思ったこと。
泥の水たまりに朱が混じる。
ヒューヒューと漏れる音。
血染めの短刀。
男は喉を押さえ後ずさる。
少女の瞳が驚愕に染まり、
次の瞬間、全力で駆け出した。


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[---7---]
少女は走った。
全身が震えている。
水の弾丸が体を打つ。
短刀の血は殆ど流されていた。
どの位走っただろうか。
町の灯がぼんやりと見えてくる。
目から零れる雨水が空のものと混じる。
少女は絶叫した。


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[---8---]
数日後、国境で男の死体が発見された。
男は山賊だったらしい。
喉を切り裂かれた後、野犬に襲われたらしく、
泥に塗れた体はぐしゃぐしゃだったいう。
少女は震えていた。
肉を切り裂いた感触。
雨とシャワーで流した血の匂い。
全て克明に覚えている。
気持ち悪い。
気持ち悪い。
少女ができたのは唯膝を抱えることだけ。


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[---9---]
少女は飛び起きた。
ぜいぜいと息が荒い。
この夢を見るのは久しぶりだ。
まるで自分を戒めるように、
忘れかけた頃には必ず見る夢。
大きく息を吸いゆっくりと吐く。
動悸は徐々に治まっていく。
汗を拭い外に出た。


其れが少女―――赤茄子が初めて人を殺した日の出来事。


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[---オマケ---]
ちょっと重めです…ッ(汗)